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秋田家史料データベース東北大学附属図書館

秋田家史料目録 解題

1.概要

 本目録が対象とする「秋田家史料」は、陸奥国三春藩主秋田家に伝来した武家文書や蔵品などの総称である。
秋田氏は本姓が安藤(または安東)で、古代陸奥国俘囚の長であった安倍貞任の子孫という伝承をもつ。中世には今の秋田県北部から青森県全域、北海道南部までを勢力圏とし、津軽十三湊を本拠とする活発な貿易や水軍活動で知られ、「蝦夷管領」「日の本将軍」と称されたとも伝えられる。その後、一族は檜山安藤氏(下国家)と湊安藤氏(上国家)に分かれ、南部氏の勢力に押されて出羽国に本拠地を移した。天正年間の愛季に至り、両家が合体する。愛季は天正17年(1589)居城を檜山(現能代市)から湊(現秋田市土崎)へ移し、古代以来の律令官職である「秋田城介」を名乗った。以後、秋田氏と称するが、本姓の安倍に加え従来の安藤(安東)姓が併用され、先祖に由来する伊駒姓も時に使用されることがあった。
 大名としての秋田氏は、近世初頭の愛季―実季父子の代に最盛期を迎えた。豊臣秀吉の全国統一に服したのち、秋田氏は旧領52,404石に加え、豊臣蔵入地26,245石の代官を命じられ、伏見築城や朝鮮出兵の際の杉板供給役を務めた。慶長5年(1600)の関ケ原合戦後、慶長7年(1602)に常陸国宍戸(現茨城県友部町)5万石に国替となり、さらに正保2年(1645)には陸奥国三春(現福島県三春町)5万5千石に移って明治維新に及んだ。
 このように秋田氏は、古代以来の北奥の豪族として戦国大名、近世大名まで家を継承した歴史を持ち、通説が必ずしも絶対ではなく、なお多くの未解明・未確定の点を残している。所蔵史料はその歴史を反映したものとなっている。

2.構成・特色

 秋田家史料は、領主としての活動に関わる文書・記録類の公的史料と、家の由緒や歴代藩主の個人的趣味等に関する私的史料に大別される。特に、後者には中世以来収集された典籍類などが大量に含まれ、史料群を特徴づけている。そこで、本目録の分類は、以下のように行った。

1.家文書(系図、官位叙任、家督、藩主筆跡等、肖像)
2.領主文書(内書等、秋田時代、宍戸時代、三春時代、兵学、地図・絵図)
3.蔵品(目録類、名家筆跡、文学・宗教、芸能・絵画、茶道・薬方、その他)
 全体として、量的には近世史料が大半を占めるが、中世の様子を窺うことの可能な史料が多い。以下、各々の概要を略説する。
 家文書:秋田家の祖先が「朝敵」の系譜に属することを示した系図各種は、北奥独特の系譜認識を示すものとして注目されてきた。歴代当主の官位叙任や家督に関する史料および肖像画は、大名家史料としての特色を印象づけるものである。また、大量に残された藩主や近親の筆跡・詠草類は、秋田家の好学な家風を伝えている。
 領主文書:内書や知行目録等は、領主権の公認を示すもので、天下人となった豊臣秀吉や徳川家康らの書状を初め近世初頭の文書が多く含まれ、文書様式研究などに貢献している。秋田時代の史料からは、中世の北奥地域の状況、織田・豊臣政権との交渉、などを窺うことができる。加えて秋田実季が豊臣家蔵入地代官となった関係上、蔵入地経営や材木等の輸送に関わる史料が多く含まれ、当時の様子を示す日本有数の海運史料群として知られている。宍戸時代の史料では、実季・俊季父子葛藤の様子、大坂陣の合戦次第、などが窺える。三春時代の史料は、高田在番に関するものが目立つほか、江戸屋敷関係など藩政諸方面の研究に手がかりを与えている。大坂陣(絵図類も豊富)や高田在番関係史料の充実ぶりは、関が原合戦に参加しなかった負い目を他の公役で埋める志向が感じられるようにも思われる。
 蔵品:歴代当主は秋田時代から中央文化に親しみ、貴重な典籍類などが多く集められている。とりわけ愛季・実季の代は盛んに名筆や歌集類を収集したことが知られている。文化活動を示すものとしては、文芸書や謡曲・蹴鞠などの伝本も注目される。また、蟄居の地で万金丹を制作したという実季の逸話を裏付けるように、薬の書付が多く所蔵されている。各種の伝授が目立つのも、秋田家の家風を示すように思われる。

3.史料整理の経緯

 秋田家史料が東北帝国大学に寄託されたのは、昭和14年(1939)夏のこととされる。当時、法文学部に設置されていた奥羽史料調査部(現文学部東北文化研究室)で、奥羽地方から北海道・樺太・千島列島などの北方史研究が行われており、その活動の一環として旧子爵秋田家から寄託を受けた。当時法文学部講師であった喜田貞吉が尽力したと伝えられる。翌15年10月12・13日には、寄託品の中から33点が選ばれ展示会が催されている。さらに2年後、当初から整理・調査にあたった大島正隆の手で、慶長7年(1602)以前に成立した史料の目録が作成された。
 昭和30年(1955)から32年(1957)にかけて、文書・蔵品類が国有財産として購入されたが、大島氏の目録所載史料については、必ずしも全てが購入された訳でなかった。その後、秋田県立博物館開館(昭和50年5月)にあたり、寄託品のうち刀剣類は旧蔵者の秋田氏に返還され、現在は秋田県立博物館所蔵となっている。
 昭和30年代に一括購入されたものの、実際に図書館が管理したのは一部分にとどまり、特に古文書の保管は長く東北大学文学部国史研究室で行われてきた。附属図書館として史料全体を受け入れたのは平成7年(1995)で、その後標題と数量のみ記載したカードをとり、基礎目録として使用してきた。だが、利用頻度が高いにもかかわらず図書館職員でさえ内容の把握が困難であり、まず個々の史料の判別が可能な目録を作成する必要が生じてきた。こうした館内からの需要に加え、館外からも目録作成を望む声が多くあった。秋田家史料を収録した自治体史としては、『三春町史』『秋田県史』『秋田市史』『弘前市史』『能代市史』などが既に刊行されている。しかし、秋田家史料全体を把握し得る目録はいまだ存在しないからである。
 本目録は限られた基本的書誌事項のみの掲載であり、人物比定、筆跡・花押鑑定などに到る多くの課題を残す暫定的な性格を持つ。今後、各方面の識者から御指摘をうけ、より充実した正確な形での情報提供を図る基盤となれば幸いである。

【参考文献】

【秋田家歴代系図】(主に「秋田家系図」による、カッコ内は初名)




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